
流山駅近くにある新撰組の近藤勇陣屋跡。以前からこの場所にあるのですが、それほど頻繁にひとが訪れるわけでもなくひっそりと住宅街の中にあるようなイメージでした。
それが2004年のNHK大河ドラマで新撰組が放映されると全国各地の新撰組にゆかりのある場所に観光客が集まりました。
この流山の近藤勇陣屋跡もご多分にもれず、以前からは考えられないよなフィーバーぶりでした。新撰組ののぼりがたくさんあがり、駐車場も用意されていたようです。
最近は、一時期のすごさはありませんが、ここをたずねて歩いているひとなどをよくみかけます。

幕末短い期間にその名を歴史に残した新選組は、慶応4年(1868)正月鳥羽・伏見の戦いに敗れ京都市内警護の職から江戸へ戻ったそうです。
官軍に追われる近藤勇はじめ新撰組の残党は、流山の地にたどりついたそうです。どうして敗走の中流山に到着したのかは不明だとのことです。
当時の流山は江戸川の水運により栄えていました。そんな中近藤勇は、この酒造家長岡屋を本陣としました。この当時の長岡屋は、流山有数の豪商でしたが、後に倒産し現在は株式会社秋元になっています。
近藤勇は、迫った官軍に捕らえられ後に東京・板橋で、処刑されました。35歳の若さでした。

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流山市役所 近藤勇陣屋跡・
流山市観光協会 新撰組