2010年9月23日木曜日

免許センター脇のラーメンショップ

流山免許センターのそばのラーメンショップさん。
6号名都借交差点を柏からきて、右折。

前ヶ崎城跡の横にあります。

免許センターにきたひとはじめお客様でにぎわってます。

このきれいな店舗のかたちが、すきです。

2010年4月24日土曜日

ステーキのどん 流山青田店閉店へ



 柏のがんセンターと江戸川台を結ぶ通称グルメ通り。本当にグルメ通りを言われているかは、定かではありませんが、地元の人にそう聞きました。

 その通りにあるステーキのどん 流山青田店が、5/10日似閉店するそうです。

 この界隈だと白井店が、先月閉店。取手店もまもなく閉店らしいし、ステーキのどんが、なくなっちゃいますね。

2008年7月15日火曜日

流山東部公民館前のアジサイ



 国道6号の名都借の交差点から免許センター方面へ入ったところにあるアジサイです。自生しているのか土地の方が、植えて手入れしているのか不明ですが、たくさんのアジサイがこの季節咲き誇りきれいです。





 ちょうど流山市の東部公民館の向かい付近の傾斜になった土地にアジサイがあります。意外と見に来ているひとは、すくないのですが、写真を撮ったり、鑑賞するには、きれいです。

2007年11月19日月曜日

南柏の島忠閉店



 南柏の島忠ですが、知らない間に閉店していたんですね。ここで家具を買ったこもあるし、途中からはホームセンターも併設して花や植木も販売していたんですけどね。

 やはりイオンができたり流山PATなどライバルが出現したからでしょうか。看板も出てるんで気づきませんでした。

 南柏の島忠は、住所は、柏市でなくて流山ですよね。向小金?松ヶ丘かな。

2007年8月11日土曜日

仲村トオルと流山



 80年代の人気テレビドラマシリーズ「あぶない刑事」の第一期シリーズのDVDをネットで注文しました。

 僕自身は、「あぶない刑事」シリーズのファンなんで、楽しく見ているのですが、愚息もつぼにはまったようで毎日見ています。そのため僕よりも犯人のことやドラマの展開などに詳しくなってます(^^; 

 そんな中きょう会社に行くと隣の席の後輩が、小学校の同窓会に行くとのこと。小学校の同窓が集まるなんて仲がよいねなどと話していたら、そこに仲村トオルも来ると。

 まったく予備知識もなかったので、なんで仲村トオルが来るの???って感じだったんですが、よく聞くと仲村トオルは、稲城市生まれで育ちは、千葉県流山市だそうです。その卒業した小学校の同窓会だそうです。彼は、その後専大松戸を出て、芸能界デビューをしたそうです。

 ・・・・知らなかった。あぶない刑事を楽しみに見ている今日この頃まさかこんな近くに仲村トオルがいたとは。ちなみに現在は、流山には住んでないそうです。

 余談ですが、後輩と仲村トオルのお兄さんが同じ趣味でお付き合いがあるとか。世間は、意外と狭いですね。

2007年6月25日月曜日

近藤勇 陣屋跡



 流山駅近くにある新撰組の近藤勇陣屋跡。以前からこの場所にあるのですが、それほど頻繁にひとが訪れるわけでもなくひっそりと住宅街の中にあるようなイメージでした。

 それが2004年のNHK大河ドラマで新撰組が放映されると全国各地の新撰組にゆかりのある場所に観光客が集まりました。

 この流山の近藤勇陣屋跡もご多分にもれず、以前からは考えられないよなフィーバーぶりでした。新撰組ののぼりがたくさんあがり、駐車場も用意されていたようです。

 最近は、一時期のすごさはありませんが、ここをたずねて歩いているひとなどをよくみかけます。




 幕末短い期間にその名を歴史に残した新選組は、慶応4年(1868)正月鳥羽・伏見の戦いに敗れ京都市内警護の職から江戸へ戻ったそうです。

 官軍に追われる近藤勇はじめ新撰組の残党は、流山の地にたどりついたそうです。どうして敗走の中流山に到着したのかは不明だとのことです。

 当時の流山は江戸川の水運により栄えていました。そんな中近藤勇は、この酒造家長岡屋を本陣としました。この当時の長岡屋は、流山有数の豪商でしたが、後に倒産し現在は株式会社秋元になっています。

 近藤勇は、迫った官軍に捕らえられ後に東京・板橋で、処刑されました。35歳の若さでした。





流山市役所 近藤勇陣屋跡

流山市観光協会 新撰組

2007年6月15日金曜日

総武流山線 流山駅





 開発が進む流山市の市名がついた駅。総武流山線流山駅。つくばエクスプレス開通に沸く沿線とは、隔絶の感がある大変ローカル線の雰囲気が漂う駅舎です。

 僕が子供の頃、多分30年以上前におやじが撮ってくれた流山駅の駅舎とほとんど変らないので、改装はしているけれどあまり変化がないのではないでしょうか。

 駅舎の奥には、総武流山電鉄の車庫があります。そのため日中には、運行していない車輌も近くの歩道橋などから見ることができます。

 ちなみにこの流山駅は、関東の駅百選に選ばれているそうです。

 駅の反対側は、崖になっていて流山市役所があります。また裏手の森というか山は、江戸時代に刑場があったといううわさで、子供のころは「飛び血山」(処刑され血が飛ぶという意味か)と呼んでいました。